弾劾裁判所に対し、岡口基一裁判官を罷免しない判決を求める会長声明
2021年(令和3年)8月24日
兵庫県弁護士会
会 長 津 久 井 進
- 国会の裁判官訴追委員会は、仙台高等裁判所判事である岡口基一裁判官の罷免を求めて訴追し、これを受理した弾劾裁判所は、裁判官弾劾法39条に基づいて、岡口基一裁判官の職務を停止しました。
今後、弾劾裁判所で審理が進められることになりますが、この件は憲法上とても重要な問題であるため、以下のとおり声明を発することといたしました。
- 岡口基一裁判官が訴追されたのは、自ら担当していない民事事件及び刑事事件についてSNSに不適切な投稿を行い、当事者や遺族等の関係者の感情を傷付けたというもので、これら二つの事件について既に最高裁判所がそれぞれ戒告の懲戒処分を行っているところです。
この処分の評価については様々な意見があると思いますし、遺族等の関係者の方々の心情は十分理解できるところですが、この声明は、裁判所内における処分の当否について言及するものではありません。
- 憲法は「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定め(憲法76条3項)、裁判官の独立を保障するとともに、その身分を強く保障をしています。これは人権保障の「最後の砦」である司法権の独立を守るための制度的な保障であり、憲法の根本原理である三権分立の具体化でもあります。
弾劾裁判制度は、裁判官の地位の重要性を考慮した手続きです。裁判官に対する干渉や圧力を排除するため、行政機関が行うことはできず(憲法78条)、裁判官訴追委員や弾劾裁判所裁判員も国会議員によって構成されます(裁判官弾劾法5条及び16条)。弾劾裁判所が罷免の判決を宣告した場合、裁判官は失職し、法曹資格も失うこととなります。そのため、罷免されるのは「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき」及び「その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に限られています(裁判官弾劾法2条)。
つまり、憲法及び裁判官弾劾法に照らすと、罷免されるのは著しく重大なケースに限定され、法律上の要件も極めて厳格に解釈されてきました。
過去に弾劾裁判所に訴追された事件は9件ありましたが、罷免判決が宣告された7件は、収賄や公務員職権濫用、児童買春、ストーカー行為、盗撮等の犯罪行為に該当する事案であり、いずれも重大な犯罪行為及び違法行為又はそれに匹敵する著しい不正行為に及んだものばかりでした。
- 岡口基一裁判官が訴追された理由の詳細は明らかではありませんが、報道等によれば、最高裁から戒告処分を受けたSNS上の発言や、ラジオ番組での発言によるものとされています。確かに関係者の方々の心情への配慮が必要であることは言うまでもありません。しかし、岡口基一裁判官の言動が、重大な犯罪行為や違法行為、あるいはそれに匹敵する著しい不正行為であったという事実は何ら報じられていません。
当然のことながら、裁判官にも表現の自由(憲法21条1項)が保障されています。岡口基一裁判官は、これまで数多くの司法実務の向上に資する書籍を出版し、また、SNSを通じて多くの有益な情報を発信してきたと評価されていますが、これらの功績も、裁判官にも表現の自由が保障されているからこそです。
仮に、弾劾裁判所によって、裁判官の表現行為そのものを理由に罷免の判決が宣告された場合、これまでの弾劾制度の厳格性が損なわれ、今後、他の裁判官の表現行為に不当に拡大されるおそれが生じるため、裁判官の表現の自由という基本的人権の保障という観点から看過できない深刻な事態を招くことになります。多くの現職裁判官が意見表明などをためらい、現職裁判官から私たちに向けた有益な情報発信がなくなってしまうといった事態も想定されます。
何よりも、一人ひとりの裁判官の独立に与える影響が甚大です。裁判官の独立が画餅に帰することとなれば、私たちの人権の「最後の砦」となる裁判所の使命にも深刻な影響が及ぶことが強く懸念されます。
- 以上のとおり、当会は、弾劾裁判所に対し、過去の弾劾裁判の先例で踏襲されてきた厳格な解釈を維持し、岡口基一裁判官を罷免しない判決を求めます。
以上
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