2024年(令和6年)4月19日
兵庫県弁護士会
会長 中 川 勘 太
1 2024年3月8日、離婚後共同親権を導入する内容を含む民法等の一部を改正する法律案(以下「本
改正案」という。)が国会に提出され、同年4月16日には衆議院本会議において賛成多数で可決さ
れ、来週以降、参議院での審議が開始される見通しである。
2 本改正案は、これまでに慎重かつ開かれた議論を経てきたとはいい難い。すなわち、本改正案
は、法制審議会家事法制部会の採決の際、複数の部会委員が反対・棄権するという異例の経過をた
どり、賛成した委員からも「共同親権が望ましい場合と単独親権の方がよい場合の基準や運用につ
いて十分な議論ができなかった」とのコメントがあったと報道された。
また、2023年12月6日から2024年2月17日まで実施された中間試案に対するパブリックコメント
には、8000通を超える例を見ないほどの多数の意見が寄せられ、個人の意見では共同親権に反対す
る意見が賛成する意見の約2倍であった事実が公表されている。しかし、そのパブリックコメントの
具体的内容は、部会内ですら共有されず、部会委員からの共有・開示の要求があったにもかかわら
ず、現在にいたるまで明らかにされていない。
このように、本改正案は、非常に限定され、閉鎖された環境の中で作成されたものであり、十分
な検討・議論が尽くされたとはいい難い経過をたどっている。
本改正案は、離婚そのものの在り方や国民生活、特に両親が離婚した未成年の子どもの生活に多
大な影響を及ぼすものである。日を追うごとに国民の関心や不安が高まっている中、国会提出後も
拙速に議論が進められている状況について、ここにあらためて懸念を示すとともに、主に以下の問
題点について、より慎重かつ開かれた議論を尽くすよう求めるものである。
3 第一に、本改正案では、離婚後に父母が共同して親権を行使することを可能とする、いわゆる離
婚後共同親権が導入され、父母の協議が調わない場合や裁判離婚の場合、家庭裁判所が単独親権か
共同親権かを決定することになる。しかし、離婚後共同親権では、DV事案や虐待等家族間に支
配・被支配の関係がある事案では親権の共同行使を通じてDV虐待が継続悪化する可能性があるし、
父母の葛藤が高い事案では共同決定をめぐり父母間の紛争が継続するため、子が離婚後もDV・虐待
や父母の紛争に曝され続ける事態を招く。このような共同親権を認めるのが本来相当でないケース
について、父母間に非対等な力関係がある場合に父母の協議で単独親権を選択できるか懸念がある
うえ、家庭裁判所がこれらを適切に判断出来ず共同親権を命じた場合、たちまち上記のとおり被害
親子を生命・身体の危険と有害な関係に晒すことになり、被害親子の安全・安心と子の健全な発達
を害することになる。
DVには非身体的暴力が含まれることは、本年4月1日に施行された改正DV法に明示されたところ
ではあるが、客観的証拠の収集は容易ではない。協議離婚の当事者及び裁判所の調査官・裁判官に
おいて誤った判断や安易な共同親権の選択がされることのないよう、DV・虐待及び子の発達に関わ
る専門家による支援体制の充実と、家庭裁判所調査官をはじめとする専門家による調査体制を整備
し、調査能力を充実させることが重要である。
4 第二に、子どもの養育に関する決定は、適時適切、柔軟に行われなければ、養育が停滞し、子に
著しい不利益を生じる。この点、親権の共同行使のための協議が整わない場合、裁判所が親権行使
者を指定するとされているところ、例えば、同居親が転勤で子連れ転居を要するときに、転居に関
する親権行使者指定の裁判の確定に何カ月もかかっていたら親の仕事は続けられない。親権行使者
を裁判所が指定し、子の生活が滞りなく行えるためには、前例を見ない家庭裁判所組織の人的物的
拡充が行われなければならないし、迅速に適切な親権行使者を指定できる特別の手続が整備される
べきである。
また、共同親権であっても、「日常の行為」については各親権者が単独で行使できることとされて
いる。しかし、共同を要する行為と単独でできる「日常の行為」の区別の基準が明らかでなく、
日々無数に行われる大小の決定をめぐり紛争が多発する懸念がある。この「日常の行為」につい
て、法務省は、子の心身に重大な影響を与えない治療や通常のワクチン接種、習い事は基本的に該
当するとしているが、例えば短期間に開発され、身体への影響について様々な意見がある新型コロ
ナワクチンは該当するのか等については、文言から一義的に判断できない。この区別は、先に同様
の法制度を導入した他国でも明瞭でないために紛争を多発させ、同居親を疲弊させ、裁判所機能を
害したことが報告されている。
このような弊害を避けるためには、共同親権の場合であっても、民法820条ないし823条に規定す
る事項について親権者と同一の権利義務を有し、子の監護、教育、居所の指定・変更、並びに営業
の許可・許可の取り消し・制限を単独でなしうるよう監護者の指定を必須とするべきである。
5 第三に、親権の共同行使を原則とし、「子の利益のため急迫の事情があるとき」を例外とする規定
は、DV虐待や父母の葛藤対立が激しい場合にも子連れ別居が制限される懸念があり、そのために
DV被害者の保護や支援が事実上後退する懸念が指摘されている。この点、法務省は「子の利益のた
め急迫の事情があるとき」とは「父母の協議や家庭裁判所の手続を経ていては、適時に親権を行使
することができず、その結果として子の利益を害するおそれがあるような場合をいう」と説明してい
る。しかし「急迫の事情」という時間的接着を表す用語で、一般の国民や行政機関の職員がこのよ
うな解釈をすることはできない。法律は、その趣旨を正しく伝える文言を用いるべきであり、法務
省の解説に則り、「父母の協議や家庭裁判所の手続を経ていては、適時に親権を行使することができ
ず、その結果として子の利益を害するおそれがあるとき」と改めるべきである。
6 上記のとおり、本改正により、子の監護に関する裁判所の介入の機会は各段に増大し、その負担
が著しく増えることが予想される。しかし、現時点においてさえ、家庭裁判所の人的・物的体制は
不足しており、審理期間の長期化や調停期日が入りづらい状況も続いていることから、司法予算を
拡大し、家庭裁判所における紛争解決の迅速化と調査・審理体制を強化することが必須である。
また、離婚後共同親権の導入にあたっては、離婚当事者、DV被害者、支援者らの意見や経験を丁
寧に聴取し、最新の諸外国の動向[1]や調査結果もふまえ、離婚前後を通じて子が安全な環境で安心
して生活できるよう万全の制度設計を目指すべきであり、離婚後共同親権について、真に子の利益に
資するかという観点から、その導入の是非、時期及び具体的な運用を含め、開かれた場での慎重な
議論と検討を行うよう強く要請する。
以上
[1] 共同親責任・共同養育制度を先に導入した諸外国において、その後、子の利益を害する深刻な事例が相次いだことから、現在、まさに制度の見直しが始まっているところである(オーストリア2023年家族法改正案、イギリス司法省報告書「Assessing Risk of Harm to Children and Parents in Private Law Children Cases Final Report」等)