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「反撃能力」の保有に反対する会長声明

2023年(令和5年)8月25日
兵庫県弁護士会
会 長  柴 田 眞 里

 

第1 声明の趣旨
 2022年(令和4年)12月16日に閣議決定された安保3文書で保有することが明記された「反撃能力」の保有に反対し、その撤回を求める。

第2 声明の理由
1 問題の所在 「安保3文書」と「反撃能力」の概略
 いわゆる安保3文書は、外交や防衛などの指針である「国家安全保障戦略」のほか、防衛の目標や達成する方法を示した「国家防衛戦略」(旧・防衛計画の大綱)と自衛隊の体制や5年間の経費の総額などをまとめた「防衛力整備計画」(旧・中期防衛力整備計画)で構成される。国家安全保障戦略は2013年(平成25年)に策定され、改定は今回が初めてとなった。
 国家安全保障戦略は安全保障環境(安保環境)が「我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中にある」と危機感を強調して、こうした安保環境に対応するために防衛力を抜本的に強化していくと表明し、相手の領域内を直接攻撃する「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」との名称で保有すると明記し、2023年度(令和5年度)から5年間の防衛費を現行計画の1.5倍以上となる43兆円とすることなどが盛り込まれた。
 また、国家安全保障戦略では「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」の内容として、中華人民共和国(ただし、安保3文書では「中国」)を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」、朝鮮民主主義人民共和国(ただし、安保3文書では「北朝鮮」)を「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」とし、ロシアを「安全保障上の強い懸念」と名指しで位置づけたことも特徴である。
 そして、「反撃能力」は、「我が国への侵攻を抑止する上で鍵となる」と位置づけられ(国家防衛戦略III等)、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の3要件に基づき、必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加える能力」などと説明されている(同)が、反撃対象の限定はない(※1)。
 政府は、「敵基地攻撃」についてこれまで、憲法上、「自衛の範囲」としつつも、政策判断として能力を保有してこなかったが、今回、保有することとなった「反撃能力」は、上記のとおり、その反撃対象を「敵基地」に限定していない上、実際には相手が攻撃していなくても、攻撃に「着手」している段階で行使できるとされている。「着手」の認定を誤れば、国際法違反の先制攻撃になりかねないが、判断基準は設けられていない。
 憲法に基づいて専守防衛に徹し、軍事大国とはならないとした戦後日本の防衛政策は、大きく転換することになった。

2 「反撃能力」の保有の憲法上の問題点
(1)憲法第9条第1項に違反する疑いが強いこと
 上記の内容の「反撃能力」の保有は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」して(前文)、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を「国際紛争を解決する手段として」永久に放棄すると定めた憲法第9条第1項に反する疑いが強いと言わざるをえない。
(2)立憲主義を破壊するおそれがあること
 ア 立憲主義について
 立憲主義とは、単に憲法に基づいて統治がなされるべきであるというのみならず、政治権力が 憲法によって実質的に制限されなければならないという政治理念である。そこにいう「憲法」は権力の制約を伴う規範的憲法であり、名目的憲法に基づく統治は本来の意味での立憲主義に結びつかない(外見的立憲主義)。
 言うまでもなく、我が国は、国民主権・基本的人権保障を基本原理とし、三権分立の統治機構を伴う「憲法」を国の最高法規と定める立憲主義国家である。
 イ 憲法第9条が制限規範として機能してきたこと
1954年(昭和29年)に自衛隊を保持するようになった我が国では、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を「国際紛争を解決する手段として」永久に放棄すると定めた憲法第9条第1項の下で許される自衛権行使の範囲が、常に憲法解釈の焦点となってきた。
 政府は、従前、憲法第9条のもとで認められる自衛権の発動としての武力の行使について、①「わが国に対する急迫不正の侵害があること」、②「この場合にこれを排除するためにほかの適当な手段がないこと」、③「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」という3つの要件に該当する場合に限られるとして、自衛隊の憲法適合性を説明してきた。
 そして、1969年(昭和44年)2月19日、内閣法制局長官の高辻正己は、衆議院予算委員会において、「集団的自衛権というものは、国連憲章第51条によって各国に認められておるわけでございますけれども、日本の憲法9条のもとではたしてそういうものが許されるかどうか、これはかなり重大な問題だと思っております。われわれがいままで考えておりますことから申しますと……他国の安全のために、たとえその他国がわが国と連帯関係にあるというようなことがいわれるにいたしましても、他国の安全のためにわが国の兵力を用いるということは、これはとうてい憲法9条の許すところではあるまいというのが、われわれの考え方でございます。」等と答弁し、集団的自衛権の合憲性には、否定的な見解を明確に示していた。
 ウ 「反撃能力」の保有は、制限規範としての憲法第9条の機能を失わせかねないこと
ところが、政府は、2014年(平成26年)7月1日、閣議決定で、従前の政府憲法解釈を変更し、極めて限定的な場合としながらも、現行憲法下でも集団的自衛権行使が容認される場合があるとして、2015年(平成27年)に成立させた平和安全法制(安全保障法制)の下、現在、自衛隊は、同盟国に対する他国からの武力攻撃の排除のために集団的自衛権の行使として武力行使をなしうる状況にある(※2)。
 そのため、他国のミサイル発射拠点のみならず、指揮統制機能等への攻撃も可能となる「反撃能力」の保有は、「専守防衛」を堅持することによって、憲法適合性を説明してきた自衛隊の権能を質的に変化させるものであり、制限規範としての憲法第9条の機能を失わせかねないことが、強く危惧される。
 また、我が国が、「反撃能力」を保有することは、日本からの「反撃」を恐れる同盟国の相手国からの攻撃を招きかねず、同盟国の戦争に巻き込まれて日本が、「国権の発動たる戦争」の当事国となる危険性を高めるものであり、憲法第9条の形骸化を招来するものである。

3 手続的な観点からの問題
 また、このように、憲法解釈の範を超えるともいうべき政策変更が、国民的議論も、国民の代表者による国会の審議も経ずに閣議決定という形式で行われたことは、国民主権原理や民主主義にも反する疑いがある。
 ことに、「防衛力整備計画」においては、兵器・人員等総合的な防衛関係費として、GDP2%という従来よりも大幅に高額な費用予算を計上したが、その財源は、未だ議論の途上にあり、増税は必至とも言われている。それにもかかわらず、このような平時における国民生活への負担に関する情報が、国民に対し、十分に提供されている状況にはない。
 さらには、我が国が「反撃能力」の行使として、敵のミサイル基地や指揮統制機能への攻撃に着手したときには、「反撃能力」を保有する自衛隊の基地や駐屯地に対する敵の反撃が想定されるが、その場合の周辺住民の生活への負担や被害予測については、ほとんど語られないままである。
 このように、国民的討議を経ないまま、国民生活に多大な影響を与えることが予想される政策が大きく転換されたことは、国民主権原理や民主主義に悖るものと言わざるをえない。

4 結語
 以上の点から、当会は2022年(令和4年)12月16日に閣議決定された安保3文書で保有することが明記された「反撃能力」の保有に反対し、その撤回を求める次第である。
                                          以 上

※1 自民党が、2022年(令和4年)4月26日付けで取りまとめて政府に提出した「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」では、「敵基地攻撃能力」という用語に代えて「反撃能力」との呼称を用いつつその保有を求め、しかも反撃能力の対象範囲は相手国のミサイル基地に限定せず「指揮統制機能等」をも含むものとされている。
※2 本法制の違憲の疑いについては、当会では、「集団的自衛権の行使容認に改めて反対する会長声明」(2014年(平成26年)6月27日)、「安全保障法制」の衆議院強行採決に抗議する会長声明(2015年(平成27年)8月6日)、「安全保障法制」の参議院における強行採決に抗議する会長声明(2015年(平成27年)9月24日)等において、意見表明している。

 

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