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日本学術会議会員任命拒否の違法状態の即時是正を求め、内閣府発表の「日本学術会議の在り方についての方針」に反対する会長声明

2023年(令和5年)2月27日

兵庫県弁護士会 会長 中 上 幹 雄

第1 声明の趣旨
 1 日本学術会議会員候補者のうち6名を任命しなかった違法状態を速やかに解消することを求める。

 2 内閣府発表の「日本学術会議の在り方についての方針」は、会員の選考に第三者機関を関与させる点において、日本学術会議の独立性と自律性をおびやかすものであり、これに反対し、撤回を求める。

第2 声明の理由
 1 任命拒否から内閣府方針公表まで
(1)2020(令和2)年10月1日、当時の菅義偉内閣総理大臣は、日本学術会議(以下「学術会 議」という)が会員候補者として推薦した105名の科学者のうち6名を学術会議会員に任命しなかった(以下「本件任命拒否」という)。
しかし菅政権は、本件任命拒否の具体的理由を、当事者はもちろん学術会議、国会、メディアなどに対して一切明らかにせず、任命拒否の撤回要求にも応じなかった。菅政権と交替した岸田政権もこの姿勢を踏襲している。
(2)このような政府の任命拒否に対しては、日本学術会議法(以下「日学法」という)違反であるだけでなく憲法で保障された学問の自由を侵すとして、学術会議はもとより、1000を超える学会、大学や研究団体、市民団体などから批判する声明が続出し、日本弁護士連合会及び全国の弁護士会などからも非難する声明が続々と発出された(別紙1参照)。
(3)また、学術会議は、同年12月16日、幹事会を開催し様々な改革方針を決定し、この方針は2021(令和3)年4月の総会で「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」として承認された。次いで2022(令和4)年4月の総会では、会員の選考方針の明確化やさらなる会員の多様性を盛り込んだ改革案が承認された。そして現在学術会議では、2023(令和5)年秋の会員改選に向けて、改革案に沿った新たな選考基準に基づく選考手続きを進めている。
(4)このような状況下、内閣府は2022(令和4)年12月6日「日本学術会議の在り方についての方針」を、次いで同月21日「日本学術会議の在り方について(具体化検討案)」をそれぞれ発表した(以下双方を併せ「内閣府方針」という)。

2 内閣府方針の概要
(1)まず内閣府方針は、学術会議の組織及び会員の選考や任命の「透明性」を主な理由として、会員・連携会員(以下「会員等」という)の選考には、「会員等以外から推薦された候補者の積極的な登用」することや、「会員以外の第三者から構成される委員会を設置し、選考に関する規則や選考について意見を述べ」「日本学術会議は委員会の意見を尊重する」としている。
さらに内閣府方針では、これを法制化すべく、令和5年通常国会に日学法改正案を提出することとし、2023(令和5)年10月に予定される学術会議の会員改選は同改正法によって行うこと、そのために改選時期を1年半ほど延期し、同年9月末任期終了を迎える会員の任期を延長する、というのである。
(2)しかしながら、このような内閣府方針は、本件任命拒否と同様、憲法23条及びこれに依拠して日学法が定めている学術会議の独立性・自律性、それを支える人事の自律性を事実上否定するものであって、本件任命拒否を放置したままこのような方針をもとに法律を制定することは、立憲主義の観点からも由々しき事態であるといわざるを得ない。
  以下反対理由を詳述する。

3 学術会議会員の人事の自律性と憲法23条
 憲法23条が保障する学問の自由は、研究を行う個々の科学者の主観的権利のみを保障するものではなく、学問共同体の自律をも保障しており、その一端として、憲法23条が大学の自治を保障していることは周知のとおりである。そして、大学の自治において、その中核をなすのが人事の自治であるのと同様に、学問共同体の自律性の中核は人事の自律性であって、これは憲法上保障されねばならない。
そもそも学術会議は、科学者らが自らの学問や研究を政治に従属させることによって戦争遂行に加担する役割を果たしてきた、という歴史の反省にたって1949(昭和24)年に設立されたものであって、その目的は、「科学が文化国家の基礎であるとの確信に立って、科学者の総意の下に」、「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与する」ことであり(日学法前文)、またその職務は、「わが国における科学者の内外に対する代表機関」(同法2条)として、「独立して」行う(同法3条)ものとされている。
このような学術会議の設立の経緯、目的、職務の独立性からすれば、学術会議が憲法23条による自律性の保障の対象となる学問共同体であることは明らかである。日学法が、その規定により学術会議の活動面での独立性、自律性を保障し、かつ、会員人事の自律性を保障しているのも(同法17条、25条、26条)、憲法23条を根拠とし、これを具体化したのである。
 したがって、本件任命拒否が憲法23条及び日学法に反していることはもちろん、内閣府方針も憲法23条と日学法による学術会議の独立性、自律性の保障の重要性について基本的な理解を欠いていると言わざるを得ない。
 さらに内閣府方針では、法案の具体的な内容さえ明らかにしないまま、次期会員は改正法によって選考されるべきであるとし、現会員の任期を延長して次期学術会議の改選時期を延期するよう求めている。
 このこと自体、日学法7条3項で定める会員の任期を無視し、すでに次期会員の選考手続きに入っている学術会議の人事への重大な干渉にほかならず、到底許されるべきことではない。

4 内閣府方針は立法事実を欠いている
 内閣府方針は、会員等の選考・任命について「高い透明性の下で厳格な選考プロセスが運用されるよう改革を進める」などとして、学術会議における会員候補の選考・推薦の過程に問題があることを所与の前提とし、日学法の改正を急いでいるが、法改正を必要とする理由(立法事実)は示されていない。
 そもそも現在の学術会議の会員の選考・推薦方式は、「コ・オプテーション方式」(会員・連携会員からの推薦による選任方式)がとられており、これは海外の多くのアカデミーで共通して採用されている方式であって、2005(平成17)年の日学法改正で採用されたものであった。
 この方式は、「日本学術会議の新たな展望を考える有識者会議」において、「会員の選考・推薦についても成果があがっている」と評価されている(2015(平成27)年3月20日「日本学術会議の今後の展望について」と題する提言参照。なおこの会議は、学術会議の主体的改革の進捗状況を確認するため設置された内閣府特命担当大臣の私的懇談会である)。
 さらに内閣府方針が引用する「総合科学技術・イノベーション会議有識者議員懇談会」による提言(令和4年1月21日付取りまとめ)においてさえ、学術会議における改革は「自ら主体的に考えていただくことが何よりも重要である」として、あくまでも改革は学術会議が自主的に行うべきものであるとしている。
 そして、第1項(3)において述べたように、学術会議自身も既に自主的な改革を進めているところである。
 しかるに内閣府方針では、法改正によって会員の選考・推薦方式を変更しようとするのであるが、そうしなければならない具体的な理由は前述の様に何ら明らかにされておらず、学術会議における改革は主体的にされるべきとの上記提言とも整合しない。

5 内閣府方針は学術会議の存在意義もナショナルアカデミーの国際基準も理解していない。
 学術会議は、「我が国の科学者の内外に対する代表機関」であり(日学法2条)、ナショナルアカデミーとして設立されたが、国際的に認められたナショナルアカデミーでは、活動面での政府からの独立、さらに会員選考における自主性、独立性が重要な要件となっている(前記2021年4月総会決議参照)。
 設立以来学術会議は、ナショナルアカデミーとして政府から独立して職務を行い、それを担保すべく人事の自律性が保障された組織として存在してきた。学術会議が、これまで3度に亘り戦争目的のための科学研究を行わない声明を発出してきたのも、前述する設立の経緯と政府から独立した学問共同体として意見表明するという学術会議の存在意義を踏まえてのことである(平成29年3月24日「軍事的安全保障研究に関する声明」参照)。
 しかるに内閣府方針では、前述の会員選考に第三者を関与させることだけでなく、「(学術会議は)政府等と問題意識や時間軸等を共有」することを繰り返し強調している。しかし、学術会議は学問研究の普遍的な価値と真理の追究の観点から役割を果たすものであり、学術会議に政府との「問題意識や時間軸の共有」を求めることは、政府からの独立という、ナショナルアカデミーとしての重要な要件を欠くばかりか、前記の学術会議の設立の経緯と存在意義を没却するものである。
さらに、付言すれば、内閣府方針とほぼ同時期に閣議決定されたいわゆる「安保3文書」中の「国家安全保障戦略」では、軍事力強化による日本の安全保障のため「技術力の向上と研究開発成果の安全保障分野での積極的な活用のための官民の連携の強化」を挙げるとともに「強化すべき国内基盤」に「知的基盤」を挙げ、安全保障分野における政府と企業・学術界との実践的な連携強化の推進を目指している。
 このような状況において、あくまで学問共同体としての自律性を維持し、科学者の良心と学術の健全な発展を目指す立場から政府の方針を検討し、何人に対しても忖度せずに意見を述べることができる存在としてこそ学術会議の存在意義があるのである。内閣府方針は、学術会議の存在意義を奪うことに繋がりかねない。

6 内閣府方針と本件任命拒否の正当化
 内閣府方針では、本件任命拒否に係わる透明性を欠く政府の一連の行為には全く言及しない一方で、学術会議人事には「高い透明性」が必要として第三者を参画させるとしている。このような内閣府の態度は、本件任命拒否の違法性を糊塗し、政府による人事介入を容易にさせるものとの批判を免れない。

7 結論
 以上、当会は、本件任命拒否の違法状態の即時是正を強く求めるとともに、内閣府方針に反対し、その撤回を求める。

以 上

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