意見表明

ヒマリオンの部屋ヒマリオンの部屋

商業登記規則等の一部を改正する省令における代表取締役等の住所非表示措置に関し、弁護士による職務上請求制度の創設を求める意見書

2024年(令和6年)8月30日
兵庫県弁護士会
会 長 中 川 勘 太

第1 意見の趣旨

 商業登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第28号)の施行により、代表取締役等の住所を登記事項証明書等に表示しない措置が開始されるが、弁護士が職務上必要な場合には、迅速に代表取締役等の住所を把握することができる職務上請求制度の創設を強く要請する。

第2 意見の理由

1 2024年4月16日、「商業登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第28号)」(以下「本省令」という)が公布された。施行は同年10月1日が予定されている。

  本省令は、一定の要件を満たした場合は、株式会社の代表取締役、代表執行役又は代表清算人(以下「代表取締役等」という)の住所の一部について、申出により、登記事項証明書や登記事項要約書、登記情報提供サービスに表示しないという措置を定めたものである(以下「住所非表示措置」という)。

  確かに、個人のプライバシー保護は重要であり、代表取締役等の住所についてみだりに公開されない利益があるものと考えられるため、プライバシーを保護するという本省令の趣旨は理解しうるところである。

2 しかし、昨今、多種多様な特殊詐欺が蔓延しており、その手段は複雑巧妙化している。そして、投資詐欺や国際ロマンス詐欺、その他振り込め詐欺において、法人名義の預金口座を利用するなど、株式会社等の法人が犯罪の道具として使用される例は後を絶たない。

  このような被害においては、犯罪道具として利用された法人の資産は僅少である場合が多く、また、被害者が弁護士に相談し、被害回復に着手しようとする頃には、加害者が当該法人について清算手続を取るなどして、当該法人を消失させていることも少なくない。被害を適切に回復するためには、犯罪道具として利用された法人のみならず、その法人の代表取締役等の役員の個人責任の追及を行う必要があり、逃げ得を許さないため民事手続による迅速な対応が必要である。ところが、民事訴訟法上、当事者は「氏名」及び「住所」によって特定しなければならないところ(民訴法134条1項、規則2条1項1号)、法人の役員の責任を追及して訴訟等を提起するためには、その住所の特定が必要となる。

3 このような状況において、迅速に代表取締役等の住所を知り得ない場合、法人利用による詐欺的被害案件等では、訴訟提起等の法的措置が遅れ、結果被害回復ができないといったことにもなりかねない。これでは、被害救済に支障を生じ、究極的には、詐欺的な被害にあった国民の裁判を受ける権利を侵害し(憲法32条)、事実上見捨てることにつながりかねない。

  政府は、2024年6月18日、犯罪対策閣僚会議を開催し、「国民を詐欺から守るための総合対策」を取りまとめ公表している。ここでも、「実態のない法人が不正に開設した法人口座を悪用した犯罪収益の隠匿が相次いでいる」「実態のない法人が設立され、当該法人が詐欺等の隠匿等に悪用される実態がある」と、法人が特殊詐欺の隠れ蓑として利用され、活動実態の解明や、首謀者・加担者の特定や摘発を困難にしている実態が指摘されている。そして、「一層複雑化・巧妙化する詐欺等について、その変化のスピードに立ち後れることなく対処し、国民をその被害から守るためには、官民一体となって、一層強力な対策を迅速かつ的確に講じることが不可欠である。」と総合対策の策定に至った経緯が示されている。

  特殊詐欺で利用する株式会社も住所非表示措置を選択できるというのは、詐欺実行へのハードルを下げかねない制度であり、被害回復を実現するにあたっての代表取締役等の住所情報開示制度の創設は、国民を詐欺から守るために急務の対策と言える。

4 住所非表示措置を講じた場合であっても、住所が記載された書面を閲覧することについて利害関係を有する者は、登記簿の附属書類の閲覧により、代表取締役等の住所を確認できるが、当該株式会社の管轄法務局に直接赴き、登記官の面前で閲覧をするか、登記官との日程調整を経て設定された日時でのウェブ会議システムによる閲覧となる。迅速性に欠けることはもちろん、そもそも閲覧対象の株式会社が詐欺的な被害等の加害者であるということを明らかにできる十分な証拠がそろわない場合、「閲覧しようとする部分について利害関係を明らかにする事由」(商業登記規則21条2項3号)が認められないと判断されてしまう事態も十分想定される。

  なお、詐欺的な被害案件に限らず、保全手続や消滅時効が迫る案件では、代表取締役等の住所を迅速に特定し対応せねば、被害回復が困難となる事態を招きかねない。

5 そこで、懲戒手続(弁護士法第56条)に裏付けられた法制度上の倫理規律に服する弁護士がその職務として行う場合には、迅速に住所情報にアクセスできる仕組みを設けることで、プライバシー保護との調整を図ることが妥当であると考える。商業登記よりもプライバシー情報が多い戸籍や住民票について、既に弁護士による職務上請求が認められていること(戸籍法第10条の2及び住民台帳基本法第12条の3参照)に鑑みても、弁護士による職務上請求制度を設けることに問題はないと考える。

  本省令施行により、株式会社を隠れ蓑とした詐欺的被害のさらなる拡大や責任追及困難が予測される。その歯止めの一策として、商業登記法を改正し、商業登記においても弁護士による職務上請求制度を早期に創設することを強く要請する。

PDFファイルはこちら

この記事をSNSでシェアする