意見表明

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地方自治法改正案に反対する会長声明

2024年(令和6年)5月30日
兵庫県弁護士会
会 長  中 川 勘 太

第1 声明の趣旨
 政府が、2024年(令和6年)3月1日に閣議決定した地方自治法の一部を改正する法律案は、地方自治を制度として保障した日本国憲法の趣旨を損ないかねない上、立法事実も認められず、さらに、住民のプライバシー権を侵害するおそれが極めて大きいことから、今国会での廃案を求める。

第2 声明の理由
1 日本国憲法は、地方自治の基本原則について、第92条において「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定している。この地方自治の基本原則である「地方自治の本旨」は、一般的に「団体自治」と「住民自治」の2つの要素からなると解されている。「団体自治」とは、国から独立した地方公共団体を認め、 その地方公共団体の自らの権限と責任において地域の行政を処理するという原則であり、「住民自治」とは、地方における行政を行う場合にその自治体の住民の意思と責任に基づいて行政を行うという原則である。
 2000年(平成12年)に施行された、いわゆる地方分権一括法により、現行の地方自治法は、自治事務に対する国の指示権を、「国民の生命、身体又は財産の保護のため緊急に自治事務の的確な処理を確保する必要がある場合等特に必要と認められる場合」といった極めて限定した場合に、個別法に規定を設けた上で指示を許容する外は(第245条の3第6項)、認めていない(第245条の5第1項等)。国からの法定受託事務に認められる「是正の指示」も、法令違反等がある場合に限定されている(第245条の7第1項)。これは、先述の「地方自治の本旨」、とりわけ地方公共団体の国からの独立性を認めた「団体自治」に沿うものである。

2 政府が、2024年(令和6年)3月1日に閣議決定した地方自治法の一部を改正する法律案(以下「本法案」という。)では、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と普通地方公共団体との関係等の特例」という章を新設した上で、大規模な災害や感染症のまん延など、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生した場合、個別の法律上の根拠なく、閣議決定により、国が地方公共団体に対し、国民の生命等の保護を的確かつ迅速に実施するため講ずべき措置に関する必要な指示を行うことなどを定めている(本法案第14章・第252条の26の5)。
 本法案は、一般法である地方自治法に基づき、個別法の根拠なく、曖昧な要件のもとで国の指示権を認めている点において、地方自治の本旨や地方分権の趣旨を損ないかねないものである。
 また、以下のとおり、大規模な災害や感染症のまん延への対策の必要といった本法案の立法事実は存在しない。
 まず、「コロナ禍の下で感染症対策について国と地方公共団体との間で調整が難航するなどの課題が表面化した」という点については、すでに、感染症法第63条の2で厚生労働大臣が都道府県知事に対し、必要な指示を行うことができ、また、新型インフルエンザ等特別措置法第74条によって法定受託事務とされているため、国に指示権が認められている。したがって、すでに、国の地方公共団体に対する指示権が存在しているので、「コロナ禍の下で対応の調整が難航した」との課題は、地方自治法改正の理由にならない。これは、感染症法、並びに、新型インフルエンザ対策特別措置法の運用上の課題である。
 また、自然災害に対しては、災害対策基本法第28条等で、すでに、国の地方公共団体に対する指示権が規定されているため、大規模な自然災害を理由として、国の地方公共団体に対する指示権を新設する必要性も見出し難い。

3 これまで、東日本大震災や新型コロナウィルス感染症の取組を検証した報告において、国に地方公共団体に対する一方的な指示権が必要であるとの指摘は確認されていない。そもそも、自然災害や感染症への対応は、個々の地域の状況に応じ、個別の対策を柔軟に検討し、迅速に実施することが求められる。そのために、必要な情報を日常的に正確に集約・管理しているのは、自治事務として住民の情報を管理する地方公共団体に外ならない。阪神・淡路大震災、東日本大震災の政府の初動対応が十分でなかったことは、既存の法制度の不備によるものというよりは、災害法制を十分に活用できず、災害対策に関する事前の備えを十分にできていなかったところに最大の原因がある。
 国に求められるのは、地方公共団体が機能不全に陥ったような限定的な場合を除き、地方公共団体からの情報に基づき、地方公共団体ではまかなえない臨時の財政出動に対し、的確に後方支援を行うことである。  

4 さらに、現行の地方自治法における国の指示権の要件に比して、本法案の「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」や「発生するおそれがある場合」といった要件そのものが、極めて漠然として広汎にわたるため、個々の住民の経済状況や健康に関するセンシティブ情報も管理する自治事務に対し、国の指示権が恣意的に行使され、個人情報の開示を求められた場合は、住民のプライバシー権が侵害されるおそれもある。

5 以上のとおり、本法案は、憲法の定める「地方自治の本旨」、とりわけ地方公共団体の国からの独立性を認めた「団体自治」や、いわゆる地方分権一括法による国と地方公共団体の「対等協力」関係を大きく後退させかねないものである。そして、大規模な災害や感染症のまん延時の国の地方公共団体に対する指示権はすでに制度化されており、自然災害や感染症対策を理由として地方自治法を改正すべき立法事実は存在しない。本法案によって国に指示権を付与すれば、却って、住民のプライバシー権が損なわれるおそれがある。よって、当会は、今国会での本法案の廃案を求める次第である。

以   上

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