本年3月13日、東京高等裁判所は、いわゆる「袴田事件」の第二次再審請求事件について、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持して、検察官の即時抗告を棄却する決定をし、同月20日に検察官がこれに対する特別抗告を断念したことにより再審開始決定が確定した。
当会は、本年3月16日付『「袴田事件」第2次再審請求差戻し後即時抗告審決定に関する会長声明』において、本件の一刻も早い再審公判の開始を求めた。本件の再審開始決定の確定にあたり、当会は、迅速な審理によって袴田巖氏が無罪判決を得て真の自由を獲得できるよう、改めて、速やかに袴田巖氏の雪冤が果たされることを求めるものである。
本件の概要は、昭和41年(1966年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田巌氏が同事件の被疑者として逮捕・起訴され、昭和55年(1980年)に袴田巌氏に対する死刑判決が確定した。これに対し、袴田巌氏は、当初から無実を訴えており、姉である袴田ひで子氏らをはじめとする多数の支援者の協力の下、2回にわたる再審請求を行ってきた。
第2次再審請求において、平成26年(2014年)3月27日、静岡地方裁判所の再審開始決定に対して、検察官が即時抗告を行ったことによって、再審開始決定が確定するまでに実に9年もの歳月を要する結果となった。司法によって確定判決に合理的疑いが生じたとの判断が示されたのにもかかわらず、検察官の抗告によって、再審開始決定が確定するためにこのような長い時間を要することとなり、この間に袴田巌氏や支援者が被った心理的負担は計り知れない。このように前さばきの手続である再審請求手続にこれだけ長時間を要していること自体が、検察官の不服申立を認めることの問題性を如実に顕しているものと言わざるを得ない。
本件については、今後、再審公判の手続が開始される予定である。これに対して、報道によれば、検察官は、本年4月10日に開かれた三者協議の場において、再審公判における立証方針を決定するために3か月を要するとして、明確な方針を表明していないとのことである。しかし、本件では、長期に及んだ再審請求手続において、争点について検察官と請求人の双方が主張・立証を尽くし、その結果として、確定判決に合理的な疑いが生じたとの判断がなされている。
特に、確定判決が、袴田巌氏のもので本件の犯行着衣であるとした「5点の衣類」に関する事実認定については、原決定の即時抗告審以降、激しく争われてきており、再審請求手続において検察官と請求人の双方が主張立証を重ねてきた。そのうち、「5点の衣類」に付着した血痕の色調に関しては、既に最高裁判所の判断を経て、差戻し審において審理すべき点が具体的に示され、東京高等裁判所も、その判断を踏まえて実施した事実取調べの結果に基づき、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持したものである。
さらにいえば、東京高等裁判所の決定が示した「5点の衣類」に関する疑問点は、既に静岡地方裁判所の再審開始決定が指摘していたことであって、検察官の主張が誤りであることは、司法判断によって複数回明らかにされている。
このように再審請求が長期化した結果、争点についての実質的な審理がすでになされたというべき状況に至っており、再審公判で改めて検察官に有罪立証を許すことは、不当な蒸し返しであると言っても過言ではない。
袴田巖氏は87歳、姉の袴田ひで子氏は90歳といずれも高齢である。また、袴田巌氏は、身体拘束を解かれた現在も、長年にわたる収監と死刑執行に対する恐怖による拘禁反応の影響を受けていると思われる。再審公判で、上記の再審請求手続における審理の蒸し返しを許すことは、長きにわたる戦いの末に再審開始決定を勝ち取った袴田巌氏や支援者らに、さらなる無用な心理的負担を生じさせるものであって、著しく正義に反するものである。再審公判においては、再審請求手続における審理の成果を尊重し、迅速な審理により、袴田巖氏に対する無罪判決がなされることが、正義にかなうことは明白である。
検察官が東京高裁の決定に対して特別抗告を行う方針であるとの報道がなされた際には、国民から多くの反対の声が上がるなど、現在の再審制度がもたらす不正義に対する国民の関心と批判はかつてないほど高まっている。
当会が、本年3月1日に開催した総会で採択した「再審法改正を求める決議」で示したように、我が国の再審制度が真に公正な制度となるためには、再審請求手続における証拠開示の法制化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、再審公判の手続規定の整備をはじめとする再審法改正を実現することが不可欠である。当会は、袴田巌氏が無罪判決を得られるよう支援を続けることに加え、再審法改正を実現することを改めて強く決意した。
以上のとおりであるから、当会は、長きにわたり自身の無実を訴えて戦い続けた袴田巌氏の雪冤を果たし、我が国の再審制度があるべき姿へと歩みだす一歩として、速やかな再審公判開始と袴田巌氏に対する無罪判決を、強く求める。
2023年(令和5年)6月28日
兵庫県弁護士会
会長 柴 田 眞 里