2023年(令和5年)1月27日
兵庫県弁護士会 会長 中 上 幹 雄
第1 意見の趣旨
特定商取引に関する法律を次のように改正することを求める。
1 不招請勧誘規制の強化
訪問販売におけるDo-Not-Knock制度、電話勧誘販売におけるDo-Not-Call制度を速やかに導入すること。
2 SNS等のインターネットを利用した通信販売の規制強化
SNS等のインターネットによるターゲティング広告を利用した通信販売について、適切な行政規制を設けるとともに、消費者に対し電話勧誘販売に準じた不実告知取消権やクーリング・オフ権を認め、また、これにより成立した契約が健康食品、化粧品、石鹸等の消費者の身体に対して直接摂取、塗布等される商品の継続的購入契約である場合には、消費者に対し中途解約権並びに解約時の損害賠償の額の支払上限を認めること。
3 連鎖販売取引の規制強化
連鎖販売取引について、国による開業規制を導入するとともに、被害の予防・救済のための規制を強化すること。
第2 意見の理由
1 改正附則第6条と社会情勢の変化
特定商取引法平成28年改正における附則第6条は、「政府は、この法律の施行後五年を経過した場合において、この法律による改正後の特定商取引に関する法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」と定めているところ、同改正法施行後に我が国においては、高齢化がさらに進むとともに、新型コロナウイルス感染症の感染拡大等の情勢変化を受けた社会のデジタル化が促進され、2022年(令和4年)4月からは成年年齢が20歳から18歳に引き下げられるといった著しい変化が生じている。
令和4年版消費者白書(18頁~24頁)によると、2021年の消費生活相談件数は85.2万件であり、そのうち特定商取引法により規制されている取引類型が約55%を占めている。
65歳以上の高齢者の被害を訴える消費生活相談のうち、訪問販売及び電話勧誘販売の割合は22.5%と非常に高く、認知症等高齢者においては48.6%と半数に近い件数となっている。訪問販売及び電話勧誘販売により、判断力の衰えた高齢者が、被害を受けている実情を垣間見ることができ、この点は、超高齢化社会に突入する我が国の消費者政策上、看過することはできない。
また、消費生活相談全体のうち、インターネット通販に関する相談が27.4%となっており、コロナ禍の影響も受けたデジタル社会の進展に伴い、インターネット通販におけるトラブルが増加していることがうかがわれる。
他方、20歳代においてはマルチ取引の消費生活相談件数が5.1%であり、他の世代に比較して突出している。今後は、2022年4月の成年年齢引下げに伴い、18歳から19歳を狙ったマルチ取引被害の増加が危惧される。
そこで、上記の附則第6条に基づく「所要の措置」として、特定商取引法につき、以下のような法改正を行うべきである。
2 不招請勧誘規制の強化
当会は、2015年(平成27年)7月22日に「特定商取引法の見直しにあたり、不招請勧誘の禁止または規制強化を求める意見書」を、2020年(令和2年)10月22日に「Do-Not-Knock制度の早期実現を求める意見書」及び「Do-Not-Call制度の早期実現を求める意見書」を、それぞれ発出し、特定商取引法の改正により、訪問販売において、勧誘お断りステッカー等による勧誘行為を拒絶する意思表示に法的効力をもたせる訪問勧誘拒否制度(Do-Not-Knock制度)を導入すべきこと、並びに、電話勧誘販売において、電話による勧誘行為を拒否する意思を有する消費者があらかじめ電話番号を登録し、当該登録者への勧誘を禁じる電話勧誘拒否登録制度(Do-Not-Call制度)を導入する必要性を訴えた。
詳細は上記各意見書に記載したとおりであり、再掲は避けるが、現時点でも、不招請勧誘規制の強化の必要性は変わらない。
3 SNS等のインターネットを利用した通信販売の規制強化
⑴ 総論
消費者が、SNS[1]等のインターネットを利用した通信販売[2]のターゲティング広告[3]によって契約をした場合、適切な行政規制を設けるとともに、消費者に対し、不実告知取消権、クーリング・オフ権、中途解約権といった民事効の付与による保護を図るべきである。
⑵ 不実告知取消権
広告は、「勧誘」(消費者契約法4条1項)と区別されてきたが、クロレラ最高裁判決[4]を踏まえると、一概にそうは言えず、「商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような内容」である場合には、「勧誘」に該当しうる。
インターネットを利用したターゲティング広告は、不特定多数の顧客に配信されているものではなく、対象とする消費者を絞り込んだうえ、当該広告によって即座に申込をさせる意図のもとで提供され、しかもその内容は商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような内容であり、かつ、広告に表示されたリンクから誘導された申込画面によって申込をするため、広告が消費者の意思形成に直接影響を与えて購買に直結していることが客観的に明らかで因果関係も明瞭であって、「勧誘」であると評価しうる。
したがって、インターネットを利用したターゲティング広告に不実の記載があった場合を対象とする不実告知取消権の導入をすべきである。
⑶ クーリング・オフ権
通信販売は、契約締結前に、商品を手にとって確認できず、販売員に質問ができない等の情報の不十分さがあるものの、不意打ち性がないとして、従来は特定商取引法上クーリング・オフの対象とはされてこなかった。
しかし、クーリング・オフは、契約締結過程における私的自治の機能不全の蓋然性(交渉力格差、情報の質と量の格差、一時的判断能力低下)を基礎として、解除権等を与え消費者に実質的な契約自由を回復させる(契約を締結しない自由の再行使の機会を付与する)制度であり、ターゲティング広告によるネット通販については、以下の各点を考慮すると、特定商取引法上、クーリング・オフの導入をするべきである。
ア 不意打ち性(交渉力格差)
「相手方選択の自由」と「契約を締結しない自由」の帰結として「勧誘を受けない自由」[5]が導ける。「勧誘を受けない自由」の侵害は、事業者のイニシアティブで勧誘が開始され、その後も執拗に勧誘が続けられる態様で行われるが、そのような事態は交渉力格差に由来している。「不意打ち性」の内実は、「勧誘場面(勧誘を受けて契約の諾否の選択を迫られる状況)の設定に関する交渉力格差に由来して、消費者の同意なしに事業者が勧誘を開始し、消費者にとって勧誘場面からの離脱が困難になること」である。
ターゲティング広告は、以下のとおり、不意打ち性を具備する。
私的領域に属する掌中のスマホ等の画面を所用のため見ている消費者に対し、その画面に割り込んで表示されるターゲティング広告は、訪問販売や電話勧誘販売と異なり、私的な作業を中断させるまでの物理的強制力は備えないものの、私的領域への突然の侵入であり、短期間に繰り返し表示されることを拒絶できないとともに、消費者の行動履歴を利用してその趣味趣向に合致するよう個別化された領域の商品を勧誘するため、消費者は他の選択肢を能動的には検討しない傾向となり、心理的には事実上比較購買が困難なまま見入ってしまうという意味で、不意打ち性を有している。
イ 情報の質と量における歪みの蓋然性
ターゲティング広告においては、①購買意欲をそそる表現を用い、はなはだしい場合には虚偽誇大広告にわたることもあり、正確性・真実性に欠ける広告がなされ、②頻回の画面スクロールとリンクが張られた別のウェブページを閲覧しないと情報が得られないといった一覧性・網羅性に欠ける広告がなされ、③表現自体が理解困難で明確性を欠いたり相互に矛盾した事項のある広告がなされる蓋然性がある。
ウ 合理的な判断を困難にするおそれ
「今だけ」、「あと〇個のみ」といった時間的切迫感をあおり、「無料お試し」等といった商品と対価の関係を不明瞭にして合理的な判断が難しい状況を作出したり、身体の不良につき検索した消費者に対し直ちに健康食品の広告を配信する等合理的な判断が難しい状況を見計らって配信されるなどの蓋然性がある。
⑷ 中途解約権
いわゆる定期購入については、①取引対象が健康食品、化粧品、石鹸等の消費者の身体に対して直接摂取、塗布等される商品であり、健康、美容等の増進の目的が実現するかどうか、体質にあわず使えないことはないかといった点は実際に一定期間使用しないと確認できないが、通信販売であるがゆえに予め手に取って商品を確認することさえもできないこと、②契約期間が一定程度長期にわたるため、消費者の側に事情変更が生じ、引き続き商品の購入を継続することが困難な状況が発生しうること、といった特質があり、契約締結時においては長期にわたる契約期間を見通した判断をするにつき十分とはいえない情報環境下におかれていた消費者が、商品の内容の不透明さ、将来における事情変更の可能性や身体に対する有用性の不確実さにもかかわらず、長期の契約に拘束されて、必要性・有用性に欠ける商品の受領を継続しなければならなくなったり、累計すると高額になる固定的支出を余儀なくされることを阻止する必要性が認められる。
このような、取引対象自体が有する不確実性・不透明性及び時間経過による事情変更の可能性に由来する情報不足、見通し困難が契約締結時に存するにもかかわらず、消費者がそのような契約締結時の不十分な情報環境下での意思決定に基づき長期継続的に契約的拘束を受ける不都合があるという特徴は、現行の特定商取引法で規制されている特定継続的役務提供にみられるのと同様の特徴である。
したがって、取引対象が健康食品、化粧品、石鹸等の消費者の身体に対して直接摂取、塗布等される商品についての、インターネットを利用したターゲティング広告による定期購入につき、特定継続的役務提供と同様の規律を設け、消費者に対し、クーリング・オフ権(特定商取引法48条参照)に加えて、将来に向けての契約の中途解除権(特定商取引法49条1項参照)を付与するとともに、中途解約の際に事業者が消費者に対して請求し得る損害賠償等の上限額(特定商取引法49条2項参照)を定める立法をするべきである。
4 連鎖販売取引の規制強化
連鎖販売取引は、特定利益の収受を目的として継続的な人的結合がなされるという意味で組織的契約であり、連鎖販売取引業者には、組織、責任者、連絡先等を明確に定め、取扱商品・役務の内容・価額、特定利益の仕組み、収支・資産の適正管理体制、トラブルが生じた場合の苦情処理体制や責任負担体制の明確化することが求められる。
ところが、近年は、単なる商品ではなく、各種の投資取引、アフィリエイト等の副業、暗号資産(仮想通貨)等の利益収受型の物品又は役務を対象に販売を拡大する手法としてマルチ取引を用いる、いわゆる「モノなしマルチ商法」のトラブルが増加しているほか、若者を対象に、メール、SNS等による勧誘方法をとるものが増加しており、組織の実態、中心人物の特定やその連絡先が不明であるといった状況が増加している。
そこで、連鎖販売取引については、国による開業規制を導入する必要がある。
また、連鎖販売取引については、被害の予防・救済のため、以下のとおり、規制を強化することが望まれる。
記
⑴ 情報提供の範囲の拡大
概要書面(特定商取引法37条1項)及び契約書面(特定商取引法37条2項)において、①直近の会計年度における入会者数・退会者数・期末の会員数、②直近の会計年度において,連鎖販売加入者(連鎖販売取引を店舗その他これに類似する設備によらずに行う個人に限る。以下同じ。)が支払った特定負担及び収受した特定利益の各平均額などの記載を要求し、被勧誘者が、連鎖販売取引の客観的な実情を認識することができる情報提供を義務付けるべきである。
⑵ いわゆる「後出しマルチ」に対する規制の明確化
特定利益を収受し得る契約条件と特定負担を伴う契約を組み合わせた仕組みを設定している事業者が、実際には被勧誘者を連鎖販売取引に加入させることを目的としながらも、特定負担に係る契約を締結する際には特定利益の収受に関する契約条件の存在を説明せず、特定負担に係る契約を締結した後に特定利益を収受し得ることを告げる、いわゆる「後出しマルチ」については、誘引時に特定利益を収受しうることを明らかにしない点で、連鎖販売取引の規制が及ぶのか否かにつき疑義が生じうる。
しかし、いわゆる「後出しマルチ」の手法は、連鎖販売取引の脱法手法として用いられているものであり、他人の紹介によりマージンが得られるという連鎖販売取引の手法を最初から開示したのでは被勧誘者の警戒心を惹起してしまうことや、借入れをしてまで特定負担の契約の締結に至ったものの、勧誘時の説明と異なって転売等では利益が得られない事態となった場面で、他の者を勧誘して契約を獲得すれば特定利益が得られることを誘引文句として持ち出すことにより、借入金の返済に窮した契約者が自らも勧誘員として新規契約者の勧誘に走るという構図のほうが若者に対しては有効であることから採用されているもので、これを連鎖販売取引として規制する必要性は明らかである。
よって、いわゆる「後出しマルチ」を明確に規制対象とする立法的手当をするべきである。
⑶ 適合性の原則に反する勧誘方法の規制
連鎖販売取引を、①社会経験不十分な22歳以下の若年者との間で行うこと、②投資取引・投資情報等の利益収受型取引を対象商品・役務として行うこと、③借入金・クレジット等の与信を利用して行うように勧誘することについて、いずれも適合性に反するものであり、禁止するべきである。 以 上
[1] SNSは「ソーシャルネットワーキングサービス(Social Networking Service)」の略称であり、登録した利用者同士が連絡し交流することができる会員制サービスである。個人のプロフィールや写真を掲載することや、相互にやり取りを重ねることができるメッセージ機能や通話機能、特定の仲間の間だけで情報やファイル等をやりとりすることができるグループ機能等、多くの機能を有している(内閣府消費者委員会・令和4年8月「デジタル化に伴う消費者問題ワーキング・グループ報告書」2頁)。
[2] 電子消費者契約(電子消費者契約法2条1項)の属性を備える通信販売をいう。
[3] 広告の対象となる顧客の個人関連情報(登録情報、行動履歴情報、デバイス情報等)をもとに、対象(ターゲット)を指定して配信される広告をいう。運用型広告(検索連動型広告とディスプレイ広告)は、ほとんどがターゲティングを行っている。
[4] 最判平成29年1月24日民集71巻1号1頁。
[5] 平成27年3月24日閣議決定「消費者基本計画」8頁は、「勧誘を受けるかどうか、消費行動を行うかどうか、どの商品・サービスを消費するかについては、消費者の自己決定権の下に位置付けられるものと考えられる。」と指摘している。