2021年(令和3年)11月25日
兵庫県弁護士会
会 長 津 久 井 進
第1 声明の趣旨
法制審議会の民事訴訟法(IT化関係)部会で審議中の「新たな訴訟手続」についてさらに慎重な審議を行うことを求める。
第2 声明の理由
- はじめに
現在、法制審議会の民事訴訟法(IT化関係)部会(以下「法制審部会」という。)において、民事訴訟を、情報通信技術の進展等の社会経済情勢の変化に対応させ、より一層、適正かつ迅速で、国民に利用しやすい制度にする観点から、訴状等のオンライン提出、訴訟記録の電子化、情報通信技術を活用した口頭弁論期日の実現など民事裁判手続等に関するIT化の法制度が議論されている。
当会も、民事訴訟制度の見直しについて検討し、国民の利用しやすい司法制度を実現させることは大切なことと考えているが、法制審部会で議論されている「新たな訴訟手続」の新設は、以下のとおり、これまで数多くの問題点が指摘されている状況にある。 - 「新たな訴訟手続」の概要とその問題点
これまで、法制審部会は、通常の訴訟と異なる例外的な訴訟形態として、①審理期間を6か月に制限すること、②証拠調べは、即時に取り調べることができる証拠に限定すること等を柱とする「新たな訴訟手続」の新設を検討してきたが、これに対し、①民事裁判手続のIT化と無関係である、②審理期間を6か月に限定すれば憲法が保障する「裁判を受ける権利」を侵害する、③立法事実がなく、必要性に乏しい等の反対意見が出されていた - 中間試案における「新たな訴訟手続」の意見募集結果について
その後、法制審部会の第9回会議(令和3年2月19日開催)では、「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」という。)が取りまとめられ、「新たな訴訟手続」を新設する2つの案として、①審理期間を6か月とし、証拠方法を限定する、手続途中の通常訴訟への移行は認めず、判決後の異議申立て手続を設けるなどを主な内容とする甲案と、②審理の計画を立てて、実質6か月程度で審理を終えるものとし、その審理の計画にて、提出証拠の内容や提出時期等についても計画する、手続の途中での通常手続への移行を認めることなどを主な内容とする乙案、並びに、③そもそも「新たな訴訟手続」制度を設ける必要はないとする丙案に対し、同年2月26日から同年5月7日にかけて、意見募集(パブリックコメント)が実施された。その結果、甲案と乙案に対し、日本弁護士連合会や多くの弁護士会、弁護士会連合会のほか、各種団体や個人から、裁判手続のIT化とは関係がない、立法事実がない、不十分な審理につながる、判決への異議あるいは通常訴訟への移行申立てでは手続保障として不十分である、制度の効果への疑問、通常訴訟などへの悪影響がある等、多岐にわたる反対意見が寄せられた。 - 法制審部会の第18回会議の「新たな訴訟手続」に関する提案に関する問題点について
しかし、意見募集で、甲案と乙案に問題点が指摘され、「新たな訴訟手続」という制度の新設自体に反対する丙案への賛成が多かったにもかかわらず、その後の法制審部会の第18回会議(令和3年10月15日開催)では、甲案を修正した「新たな訴訟手続」が提案された(以下「修正案」という。)。しかし、修正案にも、以下のとおり、重大な問題点がある。
(1) 訴訟代理人が選任されていない事件にも適用されること
修正案では、本人訴訟の場合にも利用されるとされている。
しかしながら、本人訴訟の場合、当事者本人が、通常訴訟手続から「新たな訴訟手続」に利用に移行すべきか、または、「新たな訴訟手続」から通常訴訟に移行すべきかについて、訴訟上の不利益を理解せず、適切な判断ができないおそれがあり、当事者の裁判を受ける権利が侵害される危険がある。
そもそも、これまでは、「新たな訴訟手続」は当事者の権利を制限するが、訴訟代理人である弁護士が選任されているため、手続の選択や訴訟の遂行に支障はないなどと説明されていたのであるから、「新たな訴訟手続」における訴訟上の重要な判断を行うためには、訴訟代理人である弁護士の存在が必要不可欠であり、当事者双方に訴訟代理人が選任されている事件に限定されなければならない。
(2) 通常訴訟手続への再度の移行が可能であり、立法目的と合致しないこと
「新しい訴訟手続」の立法目的は、「判決までの期間についての当事者の予測可能性を高める」とされている。
しかし、今回の修正案では、当事者が「新たな訴訟手続」による審理を求める旨の申述を行い、「新たな訴訟手続」に移行した後でも、当事者の手続保障の観点から、一方当事者の申述により、さらに通常訴訟への移行が可能と説明されている。したがって、「新たな訴訟手続」に移行し、手続が相当期間進行した後であっても、さらに通常訴訟に移行する(戻る)こともあり得ることから、このような場合には、通常訴訟に比し、判決までの期間の予測可能性を高めるとは言いがたく、立法目的に必ずしも合致しない中途半端な制度になっている。
(3) 審理期間が限定されることで主張立証が不十分となるおそれがあること
修正案では、「新たな訴訟手続」に移行した後は、審理期間を6か月としている。しかし、審理期間を限定すれば、期間内に提出し、取り調べできない証拠およびこれに基づく主張ができない結果、当事者の主張立証も、自ずと期間内に可能なものに限定され、却って審理が不十分となり、当事者の裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。
したがって、審理期間を限定した場合であっても、充実した審理を行うための制度的な担保(例えば、裁判官の増員、証拠等の収集・開示手続の拡充など)が十分に検討されなければならない。
(4) 要点のみを記載する電子判決書では判決の意義・機能を代替できないこと
修正案では、「新たな訴訟手続の電子判決書は、事実の要点及び主要な争点についての理由を記録する」とされている。
しかし、これまで、当事者による訴訟手続の結果に基づき、事実認定と主文に至る理由が記載する裁判所の判決が作成されることにより、裁判所の慎重な判断が担保され、当事者は判決から不服申立の理由を検討し、不服申立の要否等に利用し、司法制度への信頼や当事者の手続保障が確保されてきたのであって、事実の要点及び主要な争点の理由のみを記載する電子判決書では、判決の意義・機能を代替することはできない。 - すでに法制審部会で「新たな訴訟手続」について十分な審議ができる状況にないこと
法制審部会の第18回会議(令和3年10月15日開催)で、修正案が提示されたが、すでに、法制審部会総会が令和4年2月に予定されているため、令和3年12月から令和4年1月には要綱案を確定する必要があると考えられる。しかし、「新たな訴訟手続」に関する修正案は、以上のとおり、多数の問題点があり、すでに十分な審議ができる状況にはなく、むしろ、多数の問題点が十分に検討されないままに、拙速かつ不十分な検討のまま決定される懸念が極めて強い。 - 結語
以上のとおり、法制審部会で審議されている「新たな訴訟手続」制度は、多岐にわたる反対意見が寄せられており、修正案も、以上のとおり多数の問題点がある。
よって、当会は、修正案について意見を統一するには至っていないが、法制審部会に対し、期限を設けることなく、「新たな訴訟手続」制度の修正案について十分な検討や議論を行うなど、さらに慎重な審議を求める次第である。
以上