神戸新聞2024年12月18日掲載
執筆者:兵庫県弁護士会広報委員会
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夫が亡くなり、借金トラブルを避けるため、子どもとともに相続放棄しました。現在、夫の両親が相続を検討中ですが、子どもと相談し夫名義の口座からお金を引き出そうと思っています。問題はないでしょうか。
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相続放棄をすると、被相続人(夫)が亡くなった時にさかのぼって、相続人にならなかったことになり、資産も、借金などの負債も、受け継ぎません。相続放棄後に撤回はできない(民法919条1項)ので原則として相続放棄を撤回して預金を受け取ることはできません。
例外的に、成年後見など相続放棄をした人の判断能力が制限されている場合や、詐欺や錯誤(思い違い)などのケースは取り消しができます(民法919条2項)。今回の場合、夫名義の預金があることを知っているのに借金に関わるトラブルを避けるために相続放棄をしているので、取り消しはできないでしょう。つまり、預金を受け取ることはできません。
民法は相続放棄の撤回はできないと定めながら、他方で、相続放棄後に「相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私(ひそか)にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき」は、相続(単純承認)したとみなされる、と規定しています(民法921条3号)。これは、相続放棄後に、相続財産の一部でも使うと、相続放棄はなかったことになる、という意味です。
今回のご相談者が、銀行に相続放棄を隠し、夫の預金を受け取って使うと、「財産の一部をひそかに消費し」たことになり、相続放棄はなかったことになります。
一見得するように見えますがそうではありません。借金の方が多かった場合、マイナスの状態を引き継ぐことになります。借金の方が少なかったときは、夫の両親がプラスの状態を相続できたかもしれないのにこれを奪うことになるので、夫の両親から損害賠償請求される可能性があります。仮に夫の両親が相続した後に預金を引き出すと、損害賠償請求などをされるだけでなく、理論上は犯罪が成立する可能性があります。
このように、相続放棄後の預金の受け取りには、多くの法的問題がありますので、慎重に検討することが必要です。