「認知症と遺言-一定程度以上の判断能力が必要」神戸新聞 2005年7月19日掲載
執筆者:小倉 清嗣弁護士
Q:父が死亡し、相続人は私と兄との二人ですが、全財産を兄に相続させる旨の公正証書による父の遺言書があるとのことです。兄は、公正証書だから絶対に間違いないと言います。しかし、父は遺言の時点で既に認知症(痴呆症)が進んでいました。そんな状態で作られた遺言書でも有効でしょうか。
A:遺言とは、遺言者が自己の死後の法律関係のうち、法律で定められた一定の事項について、法律に定められた方式で行った最終意思の表示です。従来はあまり利用されていなかったのですが、近年、国民の意識の変化にともなって、利用する人が増えているといわれています。
遺言が、法律に定められた方式に従ってなされていても、その遺言が法律上当然に有効となるわけではありません。
民法上、遺言者が遺言をする時に一定程度以上の判断能力(遺言能力)を有していることが必要です。
この遺言能力の有無については、例えば、94歳の老人の公正証書遺言が有効とされた裁判例がある一方で、88歳9か月の老人の公正証書遺言が無効とされた裁判例もあります。
遺言者の年齢だけではなく、遺言者がその遺言をした動機、遺言者の病状に関する医師の診断、遺言の内容の単純さや複雑さなど、それぞれの事例の個別具体的な事情によって、裁判所の判断も異なります。
よって、今回のケースでは、公正証書だから間違っていないとはいえず、認知症の程度についての医師の診断などさまざまな事情から、遺言時にお父さんには遺言能力がなかったといえれば、お父さんの公正証書遺言は法律上無効なものとなります。
なお、少し難しい話になりますが、仮に遺言が有効であっても、お父さんの遺産に対するあなたの利益は、遺留分という民法上の制度で部分的に保護される可能性はあります。