「裁判の迅速化に関する法律案」に反対する意見書
2003年(平成15年)3月3日
兵庫県弁護士会 会長 藤野 亮司
現在、内閣司法制度改革推進本部において、今通常国会に提出すべく、裁判の迅速化に関する法律案の策定が最終段階にある。同法案は、民事・刑事の裁判について、第一審の訴訟手続を2年内のできるだけ短い期間内に終局させる、という一律の数値目標を設定することによって裁判の迅速化を図ろうとするものであるが、現状において迅速化をすべき立法事実は存在せず、また、同時に実現されるべき裁判における適正・充実を無視するものであり、この、審理期間を法定化する法案自体に反対するものである。
1 審理期間について、最高裁判所が提出した資料によると、諸外国と比較して民事・刑事ともその審理期間において殆ど遜色なく、わが国においても地方裁判所民事通常訴訟事件の平均審理期間は概ね減少の一途をたどり、平成13年では審理期間が2年を超えた事件は全体の7.2パーセントであり、漸減傾向にある。
また、地方裁判所刑事通常訴訟事件の平成13年の平均審理期間は、否認事件でも9.7カ月となっており、審理期間が2年を超えた事件は全体の0.4パーセントにしか過ぎない。
これによれば、刑事は勿論、民事においても殆どの事件が2年内に終結しており、その意味で改めて2年という数値目標を定めて迅速化を図る立法事実は存在しないといわなければならない。
2 特に刑事事件においては、迅速化の前提として、手続的正義を実現するものであること、裁判の長期化の原因究明、長期化の原因に対する適切な諸方策を講ずることが必要である。司法制度改革審議会の意見書による手続改革すら立法化されていない段階で、手続改革をいわば白紙にしたままで、迅速化の名の下に機械的に審理期間を限定する法案を先行させることは許されない。
裁判の長期化については、その原因を的確に把握してその原因を除去するための適切な諸方策を講ずるならば、必然的に解消するものであり迅速化自体が自己目的化されるべきではない。
従来長期化した裁判例を見ると、例外なく、被告人の捜査官調書の任意性に争いがある事案である。検察側の、任意性判断に必要な証拠をはじめ、アリバイ証拠その他無罪立証に欠かせない証拠の開示が不十分であるために手さぐりでの証拠収集や反証を余儀なくされていること、否認事件では容易に保釈が認められないため訴訟準備に障害となっていること、裁判所も証拠開示命令を積極的に出さないため自白調書の任意性の有無の立証などが人証によるしかないことなどが、公判回数を重ねなければならない理由となっている。証拠開示制度や調書裁判を現状のままにして審理期間を限定することは、これまで救済されることがまれであった冤罪事件について、更に一層救済の途を絶たれることになる。
現在でも刑事裁判の形骸化が叫ばれているなか、審理期間を法定化して短縮することによってなお一層形骸化するおそれがある。即ち、刑事裁判の一審における審理期間の目標を2年間に限定することは、無罪を争う事件については、2年以内に判決に至ることが殆どない実務を前提にすると、無罪を争う被告人の主張立証を強引に制限して、無実の被告人を有罪に陥れることになるおそれが大きい。
以上のとおり、短期の審理期間の法定化を定める本法案は、刑事裁判における適正手続を無視し、憲法上認められた被疑者被告人の諸権利を著しく侵害して、裁判の形骸化を更に拡大するおそれが大きいというべきであるから、本法案に反対する。
以上