(須磨少年事件に関連して)株式会社新潮社に対する申入書
1998年(平成10年)2月20日
株式会社 新潮社 御中
神戸弁護士会 会長 間瀬 俊道
申入書
貴社は、本年2月18日発売の「新潮45」において、本年1月8日堺市で発生した殺人事件を取材した記事のなかで、被疑者である少年の実名のみならず、生い立ち、家庭環境、前歴などを掲載し、更に、この少年の中学生当時の顔写真をも公表した。
少年法は、凶悪な事件を起こした少年であろうとも、少年には「学び、変わる」能力や可能性が秘められているという基本理念に基づき、その成長発達を援助しようとするものである。これは、事件を起こした少年を社会から隔離、除外する方向ではなく、少年のプライバシーを保護するなどしてその立ち直りを援助し、社会の一員として共に生きることができるよう育成すること、すなわち健全な保護育成こそが、少年の保護のみならず、結果的には社会全体の利益にもつながるという考えに基づくものである。少年法第61条が「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のときに犯した罪により公訴を提起されたものについては、氏名、年齢、職業、住居、容貌等によりそのものが当該事件の本人であることを推知できるような記事または写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」として、表現の自由、報道の自由に制限を加えてまで少年を特定できる記事の掲載を厳しく禁止しているのは、このような理由によるものである。
貴社の今回の記事掲載は、明らかにこの少年法第61条に違反したものであり、到底許されない人権侵害行為である。
貴社は、少年法第61条に抵触することを認識しつつ敢えてこれに反した理由として、事件が稀に見る残虐非道の犯罪であること、本件少年があと半年で20歳になるにもかかわらず匿名化され事件の本質が隠されていること、現行少年法は著しく現実と乖離していることなどを挙げている。
しかしながら、事件の残虐性を理由とすることは、出版社による私的な制裁を許容するに等しく、また、2番目の理由は判然としないが、その趣旨が、20歳に近い少年の場合には実名報道しないと「事件の本質」が隠されるというのであれば、暴論と評すべきであり、20歳と19歳とで顕名と匿名の差があるのはおかしいというのであれば、「事件の本質」とは関係のない議論であり、むしろ感情論に類するものである。更に、貴社は、現行少年法が現実と著しく乖離していることを掲載の理由とするが、このような抽象論では、本件少年の実名や写真等の掲載を正当化する理由とは到底なりえず、却って、法軽視の風潮を助長するものである。
当会は、昨年7月貴社に対し、神戸市須磨区内で発生した少年事件において写真週刊誌等に被疑者少年の顔写真を掲載したことにつき抗議を申し入れたにもかかわらず、このたび少年法に違反する重大な人権侵害行為を繰り返したことに対しあらためて抗議するとともに、速やかに今回の「新潮45」の販売を中止してこれの回収に努め、今後このような行為を繰り返すことのないよう強く要望する。